パ ル チ ザ ン ・ ジ ョ ニ ー
〔第二の遺稿〕
[Ⅰ]
最初の冬(最終章の直前の章)
ジョニーはますます腹を立てていた。あの赤い星はみな、初めのうちは数人の鳥打ち帽や鉄兜だけの特権だったのに、いまでは誰もが、大多数は義務みたいに赤い星を散りばめていた。しかもみなが笑みもなく、とはいえ苦情もいわずに赤い星を縫いつけていた。ファシストの斧に棒の権標に対するに、最も自然で申し分ない旗標と釣合い重りになるのだから、と。可笑しいのは赤い星の唯一の、あるいは最大の供給源はここいら一帯の村々の幼稚園のシスターたちだということだった。彼女たちはなにか悪感情と同時になにか慈愛深い入念さをこめて赤い星を製造した。だからシスターへの支払いを誤魔化したりひき延ばしたりは考えられないなら、彼女たちは恐ろしい債権者だと、マーリオ准尉が頷いた。
旅団はいまでは百人くらいの組織になり、たぶん十人くらいに軍隊経験があった。ときおり敵味方不明の遠く不可思議な銃声が、春の懐胎にいそしむ高い丘々の天来のゆるぎなさを鞭打っていた。あの最初の太陽とあの武器をとったままの無為のなかでとろ火で煮られていたパルチザンたちは、そうした銃声の曰くありげな源に、むしろ怠惰に頭だけを振り向けた。そこでジョニーは不満と恥ずかしさに悶えていた。世界大戦の広大な戦線のなかで彼には最も高い丘の禿げた土の数メートルが割りあてられ、四分円ちゅうに位置するピエモーンテの一つ、二つの小都市の穴からおそらく出てくるファシスト軍の一団に真っ向から向かい合っているというのに……死んだティトーのかけがえのなさがいまさらのように作用していた。それにしても、「ぼくと似た境遇の男たちは、どこで戦っているんだ?」と、解読しがたい平地に逆落としの頂の山道に、街道に、ジョニーは尋ねるばかりだった。
自然界の好転もいまは彼を刺戟して、身体の要求にまた火をつけた。冬には、武装したまま肉絶ちの四旬節にいるかのように、耐えることができたのに、いまはあらゆる体液が体内を駆けめぐり、戦闘という膿=噴出のなかに消えてゆかずに、徐々に彼を中毒させていった。いまでは彼は長い夢を、しばしば目を開けたまま、軽佻に疲れ切るまで見た。ビクーニャ織の服を着て、娼婦や女教師たちと散歩をし、タバコを燻らして、最高にat his best会話を楽しみながら、力のかぎりat his mighties〈t〉セックスして、優美なサロンでアングロサクソンの音楽を聴きながら、気楽な甘くて苦い雰囲気のなかで、彼の周囲のすべてが誰もがその最も熱心な礼節への努力keenest endeavour to civilityに浸っていた。
C...u`の遠い昔の娘が基地にまた姿を見せた。その昔ながらの金箔貼りのバンダナを頭に巻いて、相変わらず挑発的な足取りで、あのころのままだがいまは着古して擦り切れたスラックスを穿いて。小人国のlillipuziane窓みたいな小窓から待ち伏せるように窺っている村人たちを射殺すように横目で見るなり、司令部のなかへずんずん入っていった。その日の午後じゅう夜もそこにいた。この出来事を評しにジョニーのもとへトリーノの労働者レージスがやって来た。地の精みたいな彼の無口さを、あの獣の世界でせめて彼のまったくの臭いのなさを、ジョニーは大いに買っていた。
レージスは薄い唇を内側にさらに吸いこんで老いも露わに首を横に振った。彼が言った。いまは女たち向きの時でも場所でもない。ここでは女などまったく見かけもしなかったのに、女たちを受け入れて、楽しんだパルチザンに悪いことが起こるのは自明のことだ、と。もうひとり、以前みかけたことのない男が割って入ってきて、不躾で熱っぽい顔を突きだして大きな声で言った。彼は司令部と何ひとつ分かちあわなくても一向に構わないのだがただ一つ、隊長たちが女とやるのだけは我慢できない。女とやることだけがおれの自慢できる技なのに、と。だが、それからしばらくして娘が出てきた。これから長い道のりを歩きとおす者の足取りで、情事のあとを偲ばせるような風情はどこにもなかった──女の摩訶不思議なわかりにくさよ!──そして当惑したパルチザンたちのあいだを、まるで叱咤するみたいに、エネルギッシュに彼女は通り過ぎていった。
翌朝、トラックが頂上下り口に待機しており、ビオーンド中尉が脂でてかてかの革の長靴を穿いて、片手で部下たちを急かせていた。ジョニーは遠く離れて立ち止まった。その朝、彼は腹具合が悪かったし、ティトーの死後、彼なしの初めての戦闘が怖かったから、荷台に攀じ登る男たちを、当てにならぬunreliable拒絶しうるよそ者たちと見なしていた。彼は疾病届けを出して、初めて出撃を拒もうとしたが、ビオーンド中尉がドアのところで眉を寄せて苦い口をすぼめながら彼をじっと見ていた。そのとき中尉のブロンドがすっかり白髪になったかのようにジョニーは彼に目を凝らし、それからトラックのほうへ歩きだした。
中尉は彼を自分と一緒にキャビンに乗せた。そしてジョニーはすぐに気分がよくなった。頬を掠める風と、キャビンという主要かつ責任ある位置そのものと、ビオーンドの無言で気づいている近さが彼の気組みをしゃきっとさせてrearranged his frame、荷台に乗りこんだ見えない男たちについても少しましに考えはじめることができたし、カーブでスリップするごとに機関銃の三脚の鼠みたいなタップがルーフから滑り落ちるtappingと喜んで上を見あげた。ビオーンドがとても落着き払って、こんなにも無口で、まるでいないみたいか無呼吸みたいなので、ジョニーは戦闘について彼に訊く気にもならなかった。しかしやがて質問しないのはいまの場合不自然だし批判ものだと思えてきて、彼に尋ねた。ビオーンドは彼らがカッルウへ下りてゆくところだと答えた。村に政治書記が戻ってきたことを、その銃殺や流刑や放火の恫喝に痛撃を加えるために、あの娘が通報したのだ。あの娘のふたりの兄があの書記の告発のせいですでにドイツへ送られたのを、ジョニー、きみは知っているか?「ああ」と、ジョニーは言った、「清掃作戦か?」「こうしたこともやらねばならんのさ」と、控え目な嫌悪をこめてビオーンドが言った。
平地では雪はすっかり溶けて、どの牧場も色とりどりの花や草で敷きつめられていたし、街道は冷たくさやかに見えて、すべてがアクセントのある風通しによって縦断されていて、太陽は華奢な鐘楼のうえで文字どおりはためいていた。それゆえ、ジョニーには何もかもがまさに遠い昔evi.の中世や古代の人間社会のことを語りかけるのだった。彼は風景がおのれを吸収するにまかせながら想い描いた。彼はいったい何をしたくて何ができることだろう。そして誰と。一目でアルプスに源を発すると分かるあの清流bealeraと平行に走るあの光沢のある街道を走りゆくにつれて除々に現れてくる、あんなにも銀色に冷たく生き生きとしたポプラ並木のもとで、そのカフェオレの香りたつあんなにも見るからに平和な小村の小広場のなかで。平和を愛するあまり心臓が彼のなかで嗚咽した。だから、二叉路で起こったことを彼は少ししか、あるいはまるっきり、見なかった。彼は夢のなかで見た。黄色い流線型の染みが右手から飛びかかってくるのを。瞬間、目をつぶり、トラックの横っ腹にそれが激突する音を聞いた。目をまた開くと、おのれの胸と平行にビオーンドの軽機関銃の鈍く光る銃身が、相手の車の粉々に砕けたフロントガラスに狙いを定めていて、男たちはすでに後ろからどすどすと地面に跳び下りていた。
彼はぎこちなく地上に降り立つとクリスタルガラスみたいな大気のなかで大笑いした。ひしゃげた軍用車からドイツ兵が這いだしつつあったが、彼らがあまりにもショックを受けて立ちつくすので、誰ひとり彼らに手を上げろと命ずる必要を見出さなかった。パルチザンたち自身が興奮して群がって、偶発事故によって武装解除されたみたいだった。ビオーンド自身、軽機関銃をぶらさげて、この事故の前には処置なしのhelpless様子だった。ドイツ兵のひとりが身震いしながら、弾薬盒を掠め取るパルチザンたちのあいだに聳えたっていたが、手を上げろとの命令にも聾で、かぼそい声を上げながら、潰れた車内のほうに幼児みたいに嘆きながら身体をさしのべた。運転兵ともうひとりの兵士は無事に抜けだしてきたが、将校がひとりまだシートの上で身体を捩りながら、挫いた足をdisabled指さしていた。すでに車外に出た三人のドイツ兵を退かす何の方法もなかった。彼らはパルチザンにはまるで無頓着nonchalantみたいで、それどころか救助活動の指揮をとりたがっている気配がありありだった。しかしいまはパルチザンたちの興奮も冷めて胸元に銃口を突きつけてようやく彼らを大破した車から遠ざけた。そのときドイツ兵らは移動しながら口々に子みたいに言った、《Herr Major[少佐殿]》。
ビオーンドは、その車が縦隊全体の前衛であった場合に備えて、黄色い車がすっ飛んできた街道の方角に機関銃を据えつけた。しかし、最初からあの路は彼らの目にはその無人のさまが際だっていた。ビオーンドは実に苛だっていた。「最低だ。余計なお荷物だ。どうであれ、とにかくネーメガの決めることだ。やつらはすぐに攻撃してくることだろう。」
いま初めてドイツ兵たちはあの衝突事故が実際には待伏せに変じてイタリア人パルチザンの捕虜となったことを納得したようだったが、それでも彼らの宙を飛ぶ目は彼らの少佐だけを求めていた。後者はまさに引きだされつつあった。すっかり血の気のひいた唇で、骨折ゆえのうめき声を塞いで、かぼそい息しか洩らさなかった。苦悶して、こめかみに生ずる冷汗は、濁った葡萄の小核みたいにゆっくりと長持ちする固まりの白い斑点になった。草の生い茂った堤にそっと置かれたが、その大仰な軍服よりも遙かに劣る、ちっぽけな反物屋だったa tiny dapper man。
「きみ、ドイツ語わかるか?」と当惑しきってビオーンドが聞いた。
「ナイン!」ぴしゃりとジョニーが言ったsnapped。
少佐は母国語で話していたが、穏やかな譫妄状態にあるかのように、言葉はゆっくりと、曳きずりどおしだった。
カッルウでの約束を反故にするわけにはゆかなかった。そこでビオーンドがドイツ軍車を溝に顛覆させろと命じ、パルチザンたちは子供みたいにむきになって実行したが、うち三人はすでにドイツ兵のばかでかい軍帽を、慰みにあみだにかぶっていた。車は溝の底に収まって、埃と油に塗れた腹を見せ、いささか異形の亀にも似て、敵意溢れる姿となり、イタリア人に対する戦争のために憎しみのなかで製造されて検査合格したのだと言っているかのようだった。三人の兵士は呼ばれると、彼らの将校を子がするみたいに持ち上げて、発育の悪い低木地帯まで担架で運ぶみたいに運んだ。トラックはその予断を許さない路面保持性能を試されていた。そのときビオーンドが全員乗車を命じ、ジョニーともう一人、狆くしゃのルネを残した。「こんな厄介事ではぼくが全面的に信頼できるのはきみだけだ。二時間ぼくを待ってくれ、道路からは完全に隠れているんだ。彼らが可笑しなまねをしたり、やつらの車が路上に止まったら、きみとルネで彼らを片づけて高台に近道してくれ。」それから彼はガンベルトにP38を三梃ぶら下げてトラックに向かった。その二時間たらずのあいだに何事も起こらなかった。ドイツ兵たちは彼らの将校にかかりっきりで、窮屈だが親しげなドイツ語で話して、ルネをひどく苛だたせてしまい、後者はときおり怒りを爆発させた。「なんて言ったんだ、ドイツの豚野郎?」ジョニーが察したところでは彼らはもっぱら骨折のことを話していた。ズボンの異常な、示唆的な折れ方からすれば足はまったく使い物になりそうもなかったdisabled。おまけに彼らは自分たちの誤解の余地のない捕虜の状態についても無関心に見えた。戦争の協定にぬくぬくと安心しきっているようだった。帽子に輝く赤い星を見てさえ眉ひとつ顰めなかった。
トラックは思ったよりも早く戻ってきて、ビオーンドは頭を少し働かせて少佐を寝かせるためにマットレスを調達するという余裕さえ見せたが、後者はこれも彼のために中尉が見つけてきたコニャックの一滴をイタリア語で断った。パルチザンたちはこうした華やかな騎士道と規律正しさを賛否を露わにせずに見守っていた。トラックがハンドルを切ったとき、大きな揺れのためにジョニーは咄嗟に支えを見つけねばならなかった。そしてそのとき彼はあの男、ファシストを見た。
明日のないその男の年齢は五十歳くらいで、あのころには稀な優雅な身なり、型通りの私服の防共民兵のなりをしていた。そしてその陽に灼けた顔のいろは、恐怖と絶望ゆえにいまは腐った鼠色rotten greyに変わっていた。彼の身体はやや多血症ぎみとはいえ、スポーティーで喧嘩好きな男の魅力allureを保っていた。毛深い両手で荷台の縁にしがみついていて、旅のあいだじゅう叛逆者たちの登山靴の泥だらけの集いと荷台から目を上げようとはしなかった。ドイツ兵たちは、他の隅にいて、ほんの一瞬だけ彼を横目で見たが、あの男の本性と境遇を把握したのはほぼ確かなのに、何の感情も見せずに、まるで無関心で、上から寝姿を見るといまやいっそう小さく見える彼らの少佐を世話しつづけていた。
あのファシストは格闘や打擲の痕をとどめていなかったから、捕獲は極めてスムーズに行われたに違いないし、あの物凄い疾走ぶりのトラックに乗っておのれの死刑執行へと向かっていることを彼は承知していた。誰ひとりとくに彼を見張ってはいなかった。まるで彼はすでに無害であり、屍にも似て何者でもないかのように。
(以下、工事中)
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